【私の理想に近かった夫】理想の条件がありすぎて笑われていたが…

私の理想の相手…「そんな人いる訳ないでしょ」と笑われていた

39歳女性、主婦で結婚9年目を迎えました。現在は二人の娘と、会社員の夫(40歳)の4人暮らしです。夫と出会ったのは27歳の時です。当時私は彼氏がしばらくいなくて、友達と合コンやら、お見合いパーティーやら、出会いを求めて婚活を頑張っていました。合コンの後に改めて食事や飲みに行く事もありましたが、なかなか自分がいいなと想う人には出会えず、このまま自分は結婚も出来ずに独り身なのでは…と恐怖も感じていました。

職場の私のデスクには、「付き合うならこんな人」と、私の理想の条件を書き出して貼っていました。(今思うと職場で何をしているんだ、という感じですが)私があまりにも理想を沢山書いていたので、周りのみんなは「そんな人いる訳ないでしょ」と笑っていたのですが、同僚が「全部の条件は無理だけど、いくつか当てはまる人がいるから、紹介するよ」と言ってくれたのです。そして紹介されたのが、夫でした。

紹介され、第一印象は優しそうだった。一緒にいて心地良さを感じる人

最初は同僚と私と夫の3人で飲んだのですが、日を改めて二人で会う様になり、何回かデートをするうちにお付き合いを始めることになりました。夫が付き合おうと言ってくれたのが始まりです。夫の第一印象は「優しそうな人」でした。話していても話題が尽きないし、一緒にいて落ち着く、安らぐ気持ちになる、心地良さを感じる人でした。

付き合い始めてからも、優しく喧嘩をする事は滅多にありませんでした。とにかく誠実な人なんです。今も。付き合い始めてから2年経ち、私の誕生日に行った旅行先のグアムで婚約指輪をプレゼントしてくれました。感動するようなプロポーズの言葉は無く、一言「(結婚)しよう」のみでした。

それからはあれよ、あれよと結婚への準備に進み、お互いの両親に挨拶をしたり、自宅を購入したり、結婚式の準備等が始まりました。結婚式はプロポーズから半年後、横浜のホテルで挙式、披露宴を行いました。

そして、新婚生活が始まりました。結婚を機に仕事は辞めたので、私は専業主婦になりました。夫の為に夜ご飯を作るのは楽しく、どんなに帰ってくるのが遅くても二人で一緒に夜ご飯を食べました。休みの日には映画に行ったり、旅行をしたり、ゆったり、のんびり過ごしていたと思います。

ラブラブというよりは本当のパートナーという感じの夫婦

結婚して半年後妊娠をして、第一子を出産しました。その三年後、第二子を出産しました。夫は育児にも積極的に参加してくれます。オムツも嫌がらず替えてくれましたし、子供としょっちゅうお出かけしたり、習い事に連れて行ってくれます。子供達もパパが大好きで、多分ママよりもパパ派だと思います。

付き合っていた時や、新婚当時のラブラブな関係というよりは、本当に夫婦として、パートナーとしていい関係になれたなと思います。お互いの実家も近いので、子供達だけで実家に泊りに行く事もあるのですが、そういう時は二人で飲みに行ったり、映画を観に行ったり、デートをする事もあります。一度も離婚したいと考えた事は無いですし、これから先もずっと一緒にいたいと思います。

【最初の彼氏と結婚】二番目の女でもいいと思うほど好きだった

ずっと二人で居たいので子供を作るつもりはないラブラブ夫婦

23歳、会社員をしている普通の女です。安月給ではありますが、結婚したばかりで新婚ホヤホヤ、幸せな毎日を過ごしています。社内恋愛からの結婚ではありませんが、旦那も同じ会社に勤める23歳。二人で仲良く暮らしています。子供はまだ居ませんし、作る予定もありません。

ずっと二人で居たいと思っていて、子供が欲しくないという旨も伝えてあります。子供好きの彼にはとても申し訳ないと思いますが、「おじいちゃんおばあちゃんになったら養子でも貰おうか」と笑顔で言ってくれる優しい彼です。

出会ったきっかけは専門学校の入学説明会。校舎内でお互い迷子になっているところで知り合い、説明会の後連絡先を交換してその日は別れました。その後入学式に一緒に行ったり、まだクラスメイトが初めましての状態にも関わらず仲良しになっていたので、入学当初から付き合っているのではないかと勘違いされていたほどです。

本当は彼女がいた彼….それでもと思ってしまうほど好きだった

その後、私は彼に惹かれていき、告白しました。「彼女が欲しいなー」が口癖だった彼ですが、暫く「彼女みたいなものじゃん」とはぐらされ続けてしまいました。それもそのはず、本当は彼には彼女がいたんです。衝撃でしたが、二番目の女でもいいと思うほど好きだったので、諦めず、付き合うことになりました。

付き合ってしばらくするとその彼女とも別れてくれ、真剣なお付き合いがはじまりました。友人からは散々別れるように言われましたが、そうはしませんでした。付き合って1年くらいしてから、ずっと結婚したいねという話はしていました。私はすぐにでも籍を入れたかったのですが、「まだ若いから心配」と言われ、結局付き合って5年程経過してしまいました。

まさか自分でも最初の彼氏と結婚できるとは思ってなかった

結婚式はまだしていません。私は家族と縁を切っているし、結婚式に呼ぶような友達もほとんどいないので、やらなくていいかなぁと思っていますが、ウエディングへの憧れは多少あります。彼もそれを察してくれているようで、「写真くらいは撮ろうか」と言ってくれているので、ドレスを着て写真撮影くらいはしたいなーと思っています。

付き合っていた頃と関係が変わることもなく、毎日ラブラブです。結婚する前から、「こんなに仲良しなカップルなかなかいないよね」と話すくらい仲良しです。私は彼が最初の彼氏で、まさか初めての男性と結婚できるなんて思ってもいなかったので、生きているといいことがあるもんだなーと思ったりもします。これからも二人仲良く、ずっと一緒に歩んでいきたいです。

【恋の相談相手だった】最初は恋のキューピッド役を頼んだ相手が今は妻

最初は別の相手を狙っていて、相談相手だったけど…

私は38歳の男性で会社員をしており、結婚歴は8年になります。家族は35歳の妻(会社員)と3歳の娘がおり、現在妻が妊娠中なので、今秋には家族がもう一人増える予定です。妻との出会いは職場です。職場はお互いに部署が違い、話をする機会はほとんどありませんでした。しかしある日、職場の同僚から「今度、隣の部署の女の子2人と飲みに行くんですけど、一緒に行きませんか?」と声を掛けられました。

当時は彼女もおらず、何か良い出会いがあればと考え、誘いに乗る事にしました。実はその飲み会で最初に狙っていた女性は妻では無く、もう一人の女性。後の妻なる女性には、飲み会後にもう一人の女性が気になっている事を相談しており、恋のキューピッド役をして貰っていました。

しかしそんなやり取りをしている内に、妻の方とどんどん親密になっていき、さらにもう一人の女性は私とは少し気が合わないなと思い始めていました。気が付けば、もう一人の女性とは距離を置き、私の方から妻に交際を申し込んでいました。

楽しい交際、楽しい同棲生活で『この子以外との結婚は考えられない』と..

今でも、もう一人の女性が好きだったくせにとチクチク言われていますが、その後の交際は順調そのものでした。仕事終わりは毎日のように、夜遅くまで一人暮らしの彼女の家で食事をしたり遊び、週末はいつもお泊まりしていました。

ほぼ同棲しているような状態が1ヶ月ほど続いた後、家賃や光熱費を妻に負担させる訳にはいかないと考え、妻の両親に同棲の許しを得て、正式に同棲をする事になりました。同棲生活は本当に楽しい毎日で、毎日遅くまでゲームをしたり、週末には遠出したりなど、2人の好きな事を好きなだけ楽しみました。同棲して1年ほど経過した頃、「もうこの子以外との結婚は考えられない」と考え、彼女にプロポーズし、結婚する事になりました。

同棲してから結婚したので、大きな喧嘩をすることもない

結婚式は一生の思い出と両親への恩返しを兼ねて、ハワイで行う事に。かなりの出費でしたが、一生忘れる事の出来ない最高の思い出が出来ました。結婚後はお互いの職場から近いマイホームを購入し、1年後には可愛い子供に恵まれる事が出来ました。

夫婦仲というと、同棲生活を経ている事もあって、大きな喧嘩をする事はほとんどなく、仲良く暮らせています。時にはお互いに引っかかる所もありますが、お互いの性格や特徴を知り尽くしている仲なので、気になる所はすぐに修正しあえるよい関係を築く事が出来ています。今秋には新しい命を授かる予定で、本当に妻と結婚して幸せだなと感じる日々です。

【友人の紹介からで結婚】笑顔が可愛くて好きになった公務員の彼と結婚

しばらく彼氏がいなかったので友人の紹介を気軽にうけた

39歳、女性、事務職です。結婚歴10年です。夫の年齢は私と同じ39歳で公務員です。幼稚園と小学生の娘がいます。夫とは友人の紹介で知り合いました。友人とは男性なのですが、ある日「彼女にフラれて落ち込んでいるやつがいるから会ってみる?」と言われたんです。

私は2年ぐらい彼氏がいなかったので、そろそろ彼氏が欲しいなと思い軽い気持ちで会ってみることにしたんですよね。初めて彼に会った時は、すごくタイプの顔だなと思いました。あっさりした顔で笑顔が子供っぽくて可愛いなと思いました。

彼女にフラれて落ち込んでいると言われていたので、元気がないかもしれないと思っていました。でも私と彼の趣味がテニスということで同じだったので、意外に会話が盛り上がりました。彼から「今度テニスに行きませんか?」と誘われて、二人でデートをすることになったのです。三度目のテニスデートの時に、「付き合ってください」と言われました。私は彼といる時間がとても楽しくてこの人が好きだなと思っていました。だから告白された時はすごく嬉しかったです。

突然のプロポーズに驚いたが、彼しかいないと思った

2年付き合いました。彼と温泉旅行へ行った時に突然「結婚してください」と言われたんです。私は彼とは結婚したいなと思っていましたが、こんなにすぐにプロポーズされるとは思っていなかったので動揺しました。でも彼以外に考えられないと思ったのでプロポーズをOKしたんです。

まず彼が私の両親に結婚したいと挨拶をしにきてくれました。両親はとても彼を気に入ってくれて喜んでくれました。次に私が彼の両親に挨拶をしにいき、結婚式場選びなどですごく忙しくなりました。付き合ってから3年後に結婚しました。結婚式はたくさんの人が来てお祝いをしてくれたので嬉しかったです。

喧嘩もたくさんするけど、夫婦のルールがある

結婚して10年経ちます。喧嘩はたくさんしてきましたが、私たちは喧嘩をしたらすぐに話し合うというルールを決めているので喧嘩をしても長引くことがないんです。だから大きな喧嘩に発展したことはないです。周りからはいつも仲良し夫婦だねと言われています。

趣味や価値観が同じなので一緒にて気持ちが穏やかになりますし、楽しいんですよね。夫婦の趣味がテニスなので、最近は子供もテニスに興味を持ち始めました。家族みんなでテニスをする日が来るかもしれないと思うとワクワクします。これからも思いやりを持ちながら夫婦仲良くして行けたら良いなと思っています。夫を紹介してくれた友達にはとても感謝をしています。あの時思い切って会って良かったです。

【夫と両親に感謝】バツイチ子連れの私を包み込んでくれる優しい夫と両親

『一応独身です』ととっさに答えて後ろめたさを感じる私

私は現在32歳で、前夫の子供を連れて夫と再婚をしました。夫は私より5歳年上の初婚です。再婚をしたのは一年前で、結婚式は挙げずに家族写真を撮りました。前夫とは結婚当初から喧嘩が絶えず幼い子供には、辛く恐怖の中での生活だったと思います。

前夫と離婚後、私は結婚式場や華道教室などにも花を納める花屋さんでの職に就きました。一般客にも花を売却する店舗があって、店先を清掃し花を並べたりしながらの穏やかな仕事に恵まれました。初夏のあの日、いつものように私が店先を清掃していると、一人の男性が汗を拭いながら店の前を足早に歩いて行きました。ありきたりのようなシチュエーションですが、その男性がハンカチを落とし、落としたハンカチを拾って男性に手渡したのが出会いでした。

「ハンカチ、落としましたよ。」と男性に手渡すとにっこり微笑み「すみません!ありがとうございます!」と言って頭を下げられたのが印象的でした。それ以来、男性は店の前を通るたび、私に挨拶をしてくれるようになりました。少しづつ、言葉を交わすようになったある日、とうとつに「ご結婚されてるんですか?」と聞かれました。私は答えに詰まりましたが、「一応独身です。」と答えました。それ聞いた男性は、「良かった。」と微笑みを浮かべましたが、私はこの時、後ろめたさを感じました。

バツイチ子供ありの私は交際なんて無理だと思っていた

その日午後9時の閉店時間に合わせ店の前に男性が立っていました。、私の気持ちの中には、男性から交際を申し込まれたいと言う思いと、交際が叶ったとしても結婚は叶わないだろうと言う思いで胸が切なさで一杯になりました。予想通り男性は私に交際を申し込んでくれました。私はこの時、私には離婚歴があり子供がいることを理由に交際を断りました。

この話を聞かされた男性は一瞬言葉を失っていたように見えましたが、「それが何か問題になりますか。」と言葉を返してくれました。「お子さんを連れて動物園にでも行きませんか?まず、お子さんに気に入られる必要がありそうですね。」と笑って言ってくれたのです。4歳の子供にも男性がパパでないことは理解できます。動物園に訪れた時の子供の気持ちはどんなものだったのでしょうか。この日から3人で出掛け子供も男性になつき始めました。

そして数ヶ月後、プロポーズをされ結婚を承諾しました。私の両親は、孫と娘をよろしくと涙をながしていました。私の両親の承諾を得てから彼の両親に私は初めて会いました。きっと、反対されると思っていましたが彼のご両親は、「早く、お子さんを連れて来てください。」と言ってくださいました。

私達はお互いの両親を交え家族写真を撮りました。この時子供に「ママ、お嫁さんになるの?」と呟かれたのです。どんなに良い方の中にいても、子供にとってはしなくてもいい苦労が待っていることは予想がつきます。あどけない顔をして不思議そうに私の顔を見つめる子供に私は心の中で「ごめんね」と呟きました。

連れ子と自分の子と分け隔てなく可愛がってくれる夫と両親の優しさと

この日から私の夫になった彼は同時に子供の「パパ」になりました。連れ子の子供にありったけの愛情を注ぎ、子供も彼を「おとうさん」と呼ぶようになっていました。子供心に「別れたパパがパパ」で「ママがお嫁さんになったこの人はお父さん」と理解しようとしたのでしょう。そんな子供が「僕、弟が欲しい。一緒にクワガタ捕まえたい。」と言い出してくれたのです。私達の気持ちを汲んで出た言葉ではないのですが、私は夫の子供が欲しいと心から思いました。

今、私達夫婦は二人の子供と4人の暮らしを幸せをかみ締めながら送っています。離婚歴があり子供もいる私を嫁に迎える彼の両親の気持ちは予想を遙かに超えるものがあります。それでも自分達の本当の孫と連れ子の私の子供を分け隔て無く可愛がってくれる彼の両親と彼の存在は、神様が与えてくれた御慈悲としか言いようがありません。

多少は初婚の彼に引け目を感じる生活を覚悟した時期もありましたが、彼の包容力と優しさでそんなことを感じさせない生活を送れています。前夫と喧嘩をし過ぎたせいか、主人とは一度も喧嘩になりません。こんなに幸せで良いのかとも思いますが、主人に巡り会うことができて良かったと心から思っています。

【街で出会った優しい人】夫の人柄の良さは知り合う前から知っていた。

街で出会った私達夫婦。通るたびに思い出す出会い

私達夫婦が暮らす最寄り駅周辺は、市街地再開発事業や駅ビルの建設で駅前広場は完成していたものの、駅の裏手の道路は細く舗装もされていませんでした。そんな再開発事業も今では完成間近、私達の結婚生活も駅前開発が順調に進むように幸せを育んでいます。私は駅周辺を目にしては、私達の夫婦の出会いを一人笑みながら思い返しています。

私が就職をした23歳当時は、バスの発着がある駅前はスッカリ整備されていましたが、近隣に住む住人は駅の裏手から駅の改札や反対側に向かう不便な生活をしていました。

道路はデコボコで杭が打たれ鉄のワイヤーが張り巡らされていました。そこを朝の通勤通学時は、会社員や小学校に向かう子供達が足早に人の波をかいくぐるように歩いていたのです。会社に就職をしたばかりの私も就職活動中から慣れないスーツとパンプスでデコボコ道を通って駅の改札に向かっていました。歩き慣れない靴でデコボコ道を歩いていると元気な子供達が、駆け足で楽しそうに人にぶつかりながら学校へ向かっていました。

そんな子供達の一人がデコボコ道で転び、それを一人の男性が「危ないよ。大丈夫だった、怪我してないか?」と、お越し膝の泥をはたく光景を目にしました。この男性が後に私の主人となる予期せぬ運命の人だったのです。

今時こんな人いるんだ…知らない子供に優しい好青年

スーツ姿でしたので通勤途中で、近隣に住む男性でしょう。子供を抱き起こし、怪我をしていないか心配をして、「気を付けて学校へ行きなさい。」と諭す男性に清々しさを感じました。年齢は25.6歳、爽やかな雰囲気の男性に周辺を歩く人も好感を覚えたと感じる光景でした。

そんなことがあってから、毎朝、彼を見付けるようになりました。彼はいつもすれ違う人たちに注意を払いながらデコボコ道を歩き、優しい人柄が見ず知らずの私にもに伝わってきたのです。ある日私の横を、小学生の女の子が駆け抜けて行きました。私の前方には彼の姿があって、私も彼の後ろ姿に気を取られていたのです。

その瞬間に女の子が転び、声を上げて泣き始めたました。私はその子を起こし、彼がしていたように女の子の膝に付いた泥を落としました。「怪我してないよ。良かったね。」と女の子の頭を撫でました。前方を歩いていた彼が振り返り、その様子を見て私に軽く会釈をしてくれました。それでもまだこの時はそれだけで、言葉を交わすまでには数週間掛かったのです。

知り合いじゃないけど知っている人、お茶のお誘いから付き合いが始まりました

駅の改札でいつも見失う彼をホームで目にしました。一つ違うドアの前に並び電車を待ちました。朝のラッシュ時、電車の中に押し込まれるように乗り込むと、あの彼が目の前に立っていたのです。お互いに知らない人ですが、人柄は伝わってたように思います。

電車が揺れる度に私が揺らぐのを支えてくれていたようにも思えました。その度に「すみません」と声を掛ける私に「混んでますね。大丈夫ですか。」と気を遣ってくれていたのです。終点で電車を降りて会釈をして別れ、翌朝、いつものデコボコ道で顔を合わせ言葉を交わすようになりました。

駅へ向かう数分言葉を交わすようになり、会社帰りの駅でバッタリ彼に会いました。頭を掻きながら「そこのスタンドでお茶しませんか。」と誘われ私達は付き合うようになりました。何気ない光景の中で垣間見た彼の人柄に惹かれ、付き合いを始め、お決まりのデートにプロポーズですが、私は幸せはどこに転がっているか分からないものだと感心しています。

結婚をして8年の歳月が経ち、私達には子供2人の家族も増えました。主人は相変わらず「いい人」で、私の優しい良き理解者です。人の幸せは特別なものではなく、何気ない日常の中にあるのだと主人に感謝しています。

大学卒業と同時に結婚!1度結婚してみてダメだったらやめればと話してた

夫とは大学で出会ったが最初はお互いの印象はよくありませんでした

現在36歳の夫婦です。夫は同じ年で、出会いは大学1年生の時の掲示板前広場でした。共通の知人がいて、同じ年の男女数人で遊ぶようになったその中の一人です。友達として一緒にいる関係から半年後にはデートをして、恋人になりました。私の海外留学や大小様々な喧嘩はたくさんありましたが、結局大学4年間付き合って、卒業と同時に結婚しました。

最初に夫を見た時の印象はあまり良くなかったのですが、あっちもそうだったようで、彼は私のことを「ヤンキーだ」と思っていたそうです。当時ヴィジュアル系の格好が好きだったし、お喋りで思ったことをそのまま口にするタイプだったので「この子とはないな」と思われていたようですが、結婚することになりました。出会いとは不思議です。

結婚しようじゃなくて、俺の扶養に~というプロポーズ??

特にちゃんとしたプロポーズはなかったのですが、お互い就職した後に私の職場がほぼ破綻しかけているところで同期が全員1ヶ月以内に退職してしまうようなところだったので、私も精神のバランスを崩して1ヶ月とちょっとで退職、健康保険もない状態になってしまったことで結婚へと話が進んだのです。

また父の扶養になるのもなんだかなと思ったし、ちょっと休んで精神状態を戻して、それから就活して・・・とデートの最中に言っていたら、「俺の扶養になればいいんじゃない?」と言われたので「いいの?」と聞くと、「うん」。それで結婚が決まったのです。まだ若かったのもあり、1度結婚してみてダメだったらやめればいいよね、とお互いに話していた記憶があります。お互いに離婚してバツがつくことにそれほど悪いイメージをもっていませんでしたので、勢いで結婚しました。

大学4年間付き合っていたのでお互いの両親とも既に仲良くなっていましたし、彼は私の実家ではよく晩ご飯を食べていて、男兄弟のいない私の実家では父が大いに気に入っていたのでプロポーズや結納の話がなくても問題なくスムーズでした。というか、うちの両親はむしろ無職の娘を押し付けてすみません、といった感じでした。夫はスポーツ関係の会社に学生アルバイトからそのまま正社員になっていたので、生活に不安もありませんでした。夫のご両親も結婚に喜んでくれました。

早婚だったけど結婚に憧れてたわけでない…でも、今は幸せです。

23歳で結婚したわけですが、私は元々「花嫁」に憧れが少ない人間で、挙式にも全く興味がなしだったので、「お金もかかるし式はあげません」というと夫の両親から「けじめだから」と諭されて、両家がお金を負担してくれるというので、リゾートウェディングで挙式だけを沖縄ですることにしました。沖縄のリゾートを選んだのは友達など誰も呼びたくなかったからです。派手にしたり目立つことが好きではないのでそうしましたが、夫は何でもいいよといってくれてありがたかったです。

結婚してから私はパートで元アルバイト先に勤務、そのまま夫婦で2年を過ごし、避妊していたわけでもなかったのに子供ができなかったことから2人で仲良く過ごすかーと話しをしていたら、家を購入して引っ越した後すぐに妊娠が判明。家との相性が良かったのでしょうか、娘と息子に恵まれ4人家族になりました。

友達期間が長かった!夫との出会いは社会人向けの料理教室でした

社会人向けの料理教室のクラスメイトと結婚しました

私は、今、夫の出身地である北関東の街で暮らしています。夫と出会ったのは今から15年前の私が22歳の時、夫が30歳の時です。結婚してからもう今年で8年目になり、4歳の子どもと夫と三人で仲良く暮らしています。私が夫と知り合ったのは、東京の社会人が料理教を学ぶスクールでした。

社会人が仕事の休みである土日で調理を1から学べるというのは、今でこそ沢山のスクールがありますが、15年前は数が少なく通いに来ている人は関東圏だけではなく、福島や仙台から通うような方も多くいました。そんな、年齢も職業も住んでいる場所もバラバラな人たちが集まって、慣れない調理をしつつ、自分たちの将来の夢を語ったりと、なかなか楽しい時間を過ごしている中で、クラスメイトとして夫と知り合います。

友達になるにも1年以上かかり、友達になってからも長かった

夫の初めの印象は、年も離れていたので落ち着いている印象でした。調理するグループも違ったためなかなか話す機会はなく、1年以上経った時に、仲が良かったクラスメイトと一緒にご飯を食べに行くことになるまでほとんど話したことない関係でした。他愛のない会話でしたがとても楽しかったのを覚えています。

当時、お互い恋人がいたり、別れて落ち込んでいるのをみんなで慰めたり、慰められたりみたいな関係で、お互いを異性として意識することなくずっと友達のままでいるのだろうなと思っていました。スクールを卒業してからも時々連絡をとって、時々会って他愛のない会話をしてという普通の友達を6年~7年位していたのですが・・・。

私の転職が決まって、お祝いもかねて久々に会う事になりました。男女ですが、長い友達だから何もないよねと言う感じで、1日のプチ旅行に出かけることになりました。同じホテルの部屋に一緒に泊まりましたが、2人とも酔いつぶれて何もなかったのですが、なんだかとっても楽しくて当時恋愛に疲れていた私は、恋愛はしたくないけど、この人なら結婚したら楽しそうだなと漠然と考えていました。

でも、友達として7年近く経っている事や、付き合ったとしても遠距離になる事、年が離れている事など、付き合えない理由を探して日々をすごしていました。

遠距離恋愛だったから結婚って思えたのかもしれない

転職して、土日が休みになったので会う機会が増えたり、何より一緒にいて楽しかったので、彼の事を異性として意識するようになりました。彼も同じだったようで、お互いの気持ちを確認しあい付き合う事になりました。それから、遠距離だった事もあって、毎日メール、電話、スカイプなどを駆使しつつ、土日には彼が来てくれたり、私が彼に会いに行ったりを1年近くしている頃に、一緒に旅行に行ってその時にプロポーズしてくれました。

付き合ってからはあっという間という感じで結婚まで決まってしまいましたが、遠距離恋愛だったのがよかったのかもしれませんね。彼は結婚式を望んでいましたが、私は結婚式に対して夢がなかったので結婚式はあげずに親族だの小さいパーティをしましたが、満足しています。

今は、私はカフェで働き、夫は会社員ですが、子供も産まれ毎日楽しく過ごしています。結婚すると、もちろん煩わしいことも増えますし、喧嘩も付き合っている頃よりも増えましたが、自分の事を理解してくれる人と一緒にいられて、結婚してよかったと思います。

10歳年上の上司との結婚!私が主導権を握ってるのは、主人の優しさ

将来夫になる10歳年上の上司は、お調子者の私に厳しかった

私はちょっと調子のいい性格で、愛嬌があってキャラ的に得していると言われますが、真面目なタイプの上司からは少し浅はかな女で嫌われていたと思います。それでも入社当時は、イヤな顔一つしないでお茶くみに、コピー取りなど雑用などにも精を出していました。

そんなある日、「いつも元気でいいけど、もっと落ち着いて仕事をしなさい。」と上司に指摘されました。調子はいいけどしっかり仕事だけはしていたつもりだった私はかなり落ち込んで、コピーを取り直しては上司のところに届けたりをしていました。

上司は10歳年上でしたが、実年齢より若く見え、私達女子社員の憧れの存在でもありました。その上司と私より2つ年上の26歳になる女性社員が付き合っていると噂がありました。どちらも仕事ができるし、お似合いに二人だとは思いましたが、私は本当かな?と二人を観察していたのです。

思い切って噂の真相を聞いてみた!そのまま勢いで…

そんなある日、また仕事でミスをして給湯室で落ち込んでいたとき、上司がタバコを吸うために給湯室に現れました。「こんなところで、サボっていてはダメじゃないか」と言う上司に持ち前の調子の良さで「自分だってタバコを吸いに来て、サボってるじゃないですか」と、食ってかかって見せたのです。

「ところで、先輩(26歳の女性社員)とお付き合いしているんですか」と思っていたいたことをつい口に出してしまいました。「はぁ?」と小さく声を上げて吹き出しそうに笑う上司の顔を見て、「付き合っているというのはただの噂だな」と感じた私は、とっさに「じゃあ私はどうですか?」と上司に言ってしまいました。「はぁ?」と今度は大笑いされて「冗談?からかってる?」と言われましたが、私は自分でも思っていた以上に「上司のことが好きだったのだ」とこのときあらためて感じたのです。

「本気ですよ。」と真顔で言うと、上司も真顔になって「いいよ。」と信じられない返事をしてくれました。これが私達の結婚の切っ掛けとなる交際の始まりです。給湯室で思い掛けず告白をして交際がスタートしましたが、会社では内緒、みんなに知られないようにと密かにお付き合いをしていたのです。

上司兼交際相手の彼がいるなんて、チョット嬉しい気持ちになって、コピーを渡すときに次のデートのメッセージ手渡したりしては、彼の反応を楽しんでいました。私達が付き合い始めて、一年を迎える頃、先輩女子社員が寿退社をすることになりました。上司と付き合っていると思い込んでいた皆は驚いていました。

交際してからは主導権は私。あえてそうしてくれている優しい主人

会社帰りに一駅先で待ち合わせてはデートを重ねた私達、会社関係者達にバレることもなく、順調に愛を育んでいました。10歳違い、付き合って分かったことは、彼は意外にも子供っぽく、一人では大事なことが決められない性格でした。付き合い始めたのも主導権は私、結婚しようと決めたのも私でした。

上司兼彼の本来の性格が分かり立場は一転しました。「娘さんをください」と私の両親に挨拶をしにきたときもモジモジしていて、思わず吹き出しそうになりました。彼のお母さんは「しっかりしていそうに見えるけど、3人兄弟の末っ子で甘ったれなのよ。しっかりしたお嫁さんが見付かって良かったわ。」と目を細めて言ってくださいました。会社での結婚の報告には、意外なカップル誕生にみんな驚いていました。

そんなこんなで結婚を果たした私達の結婚生活は、10歳年下の私が鬼嫁、そんな私のあわせてくれる主人です。後数ヶ月で結婚して7年を迎えますが、呼び合うのは、今でもちゃん付けです。主人は本来尻にしかれるタイプではなく、主導権が握れないのではなく若いお嫁さんに手綱を預けつつ上手にリードしてくれているのです。

【妻は結婚に前向きだった】真剣な人限定の婚活パーティーでの出会い

20代限定の婚活パーティーに5年前から参加していた

私は、現在30歳の初婚の男性で非営利団体に勤めています。私には、離れて暮らす両親と弟が一人いて、私は藤沢市で一人暮らしをしていました。私は「20代限定」の婚活パーティーに5年ほど前から参加していました。

そこで何度かカップリングし、実際お付き合いした人もいましたがいずれのケースでも結婚に至ることはありませんでした。そこで私は二年前から「結婚を真剣に考えている人限定」のパーティーに参加し始めました。このタイプのパーティーは他のパーティーと違い、参加者が皆結婚に前向きでした。

二人で子供のことや将来のことなど具体的に話せた

私は二年前の六月の3回目の参加で、千葉県在住の看護助手をしていた当時25歳の女性と出会いました。その女性(以降妻と呼ぶ)は、家庭的で謙虚で結婚にもとても前向きな女性で、私は一目で気に入りました。「真剣に結婚を考えている人限定」パーティーで出会っただけあり、パーティー後に二人でしたお茶の時から私達は「将来何人ぐらい子供が欲しいか」「どんな家庭を築きたいか」などの具体的な会話がすらすらできました。

妻が本気で私との将来を考えてくれていると感じた私は、初デートで行った湘南で夏の夕日と江ノ島を見ながら妻に「結婚を前提とした交際」を申し込みました。妻は、泣いて喜び首を縦に振ってくれました。その後、私達は関東を中心にを月1~2回のペースでデートを重ねました。

結婚の話はじっくり深くできたので交際から半年で結婚できた

デートを楽しみつつも、私達はお互いの家族の話や「指輪は作るか」「結婚後はどこに住むか」などの建設的な会話も欠かしませんでした。そして、10月頃からお互いの両親への挨拶を済ませ、新居探しや結婚式場の下見などの本格的な活動を開始しました。

そして、交際から半年の12月半ば、二人で相談しお互いの誕生日の中日を入籍の日と決めました。結婚式は去年二月に行いましたが、二人とも派手な式を好まなかった上お金もなかった為、家族だけの人前の式にしました。それでも、両家の家族から祝福してもらえました。

式の時は、とても緊張していたのであまり記憶がないですが、両親の安心した顔を見て安堵した記憶は残っています。指輪は、プラチナのシンプルな結婚指輪をペアで購入しました。6月には、妻の希望でロシアへ旅行してきました。結婚してから一年半ほど経ちますが、特に大きなトラブルも喧嘩もなく平和に楽しく夫婦生活を送れているので、今でも私は妻と結婚してよかったと思っています。今は、ひたすら妊活に励んでいます。